ものづくりだけの会社ではないからこそ、もっと大きくなれる。プラットフォーマーになる可能性を秘めたWHILLで働くということ。

Kazunori Hori

堀 和紀
システム開発本部 エンジニア

「本気じゃなかったらやめたほうがいいよ」杉江の言葉

―WHILLに入るまでを教えて下さい。

幼少期に、「獣皮様母斑(じゅうひようぼはん)」という、生まれつきの皮膚の病気で、何度か入院していました。今は完治しているのですが、その当時にはあまり治療法もなかったところ、新聞にも取り上げられるほどの最新技術で治療してもらうことができました。お医者さんにはとても感謝していて、将来は医療や福祉に貢献できる仕事をしたいと小さい頃から思っていました。

入院していた幼少期

医者を目指して勉強していたのですが、血がどうしても苦手で医者になることを断念し、 数学と物理が好きだったので、リハビリなどで使える器具をつくろうと、エンジニアを目指そうと思いました。母親が介護に関わる仕事をしていて、福祉業界では、患者さんのための新しい技術があまり使われていないことを知ったのも、エンジニアに興味をもった理由の一つです。

学生時代は、機械学習やインターネットを研究の中心にしつつ、当時注目されていたソフトウェア系のベンチャー企業でいくつかインターンを経験していました。

そんな中、ちょっと心に引っかかっていたベンチャー企業がありました。IVSという、ベンチャー企業が集まるイベントのボランティアをしたことがあったのですが、そこで知り合った起業家たちに今まで作ったものを見せながら、「こういうものを作れるのでインターンさせてください!」というと、皆さん「とりあえずおいでよ!」と、受け入れてくれました。でも、そのときに一人だけ、「本気じゃないならやめたほうがいいよ」と言った人がいました。WHILLの杉江さんです。中途半端だと難しい会社だから、本気だったらきてね、と。学生に対してもマジなんだな、この人、と思い、そこまでの覚悟はまだなかったので、しばらくはそれきりでした。

当時、杉江に送ったメッセージ

2015年の8月に改めて杉江さんをテレビで見る機会がありました。それを見て、ハードウェアで日本からまだ頑張ろうとしている人がいるんだ! と改めて衝撃を受けました。そして、やはりWHILLのような、見た瞬間にすごいと思えるようなハードウェアをいつか自分の手で作りたい。そのために自分が今まで勉強してきたインターネットの知識が生きるのではないか、という想いに駆られました。それまでは、制御系や人工知能の知識を生かして、複数のソフトウェア企業で楽しくインターンをしていたのですが、それらを全部やめて、杉江さんに長いメールを書き、WHILLにインターンとして参加することになりました。

大学の研究は夜中にプログラムを書いて、検証を回しつつ日中はWHILLに来る、そんな感じでした。そのときに一緒に働いていたのが、CTOの福岡さんと、今の上司になる白井さんでした。最初にインターンとして取り組んだのが、自己位置推定をどのようにしたらいいのか、という課題。白井さんといっしょにやっていたのですが、全然うまくいかなくて、悔しくていつか絶対やってやるぞと思いました。

その時にできなかった自己位置推定は、今、羽田で実用化されたWHILL自動運転システムに生かされています。

多くの人の生活をちょっとだけ良くするよりも、一人の人の生活を大きく変えたい

ーそこから新卒ではソニーに入社されました。

ソニーでは、次世代商品開発の部門に所属していました。10年後に世の中でこういうものが使われているだろうと想定して、製品のプロトタイピングを行い、お客さんからフィードバックを得る部署です。将来のメガトレンドを予測しながら、世界に視点をおいたプロダクトづくりを学べて、自分の視野を大きく広げることができました。

それでも、最終的にWHILLで働くことを決めたのはいくつかの理由からでした。

まず、車椅子のようなネガティブなイメージがあるものを、デザインと技術でかっこよくポジティブなイメージに変えようとしている。それだけでなく、自動運転のような、もっと先のアプリケーションまで考えて世界を変えようとしている姿勢に共感したことです。

代表の杉江さんがいうように、最初は福祉用具だったメガネがダテメガネのようなファッションアイテムになり、スマートグラスのように本来の機能を超えていくようなイメージの変化にしたいと思いました。

また、新しいものを作って友人や家族など、沢山の人に使ってもらいたいと思っていた自分にとって、一部の人だけのプロダクトではなく、「すべての人の移動を楽しくスマートにする」というWHILLのミッションにも共感しました。

また、自分の好みとして、多くの人の生活をちょっとだけ良くするよりも、一人の人の生活を大きく変えられるものを作りたかったのです。僕たちが普段使うさまざまなプロダクトやサービスは、生活をちょっと便利に変えてくれますよね。それはそれでとても良いことなのですが、例えば自分のおばあちゃんが自由に外に出られるとか、ユーザーさんの生活が大きく前向きに変わるとか、そういった大きな変化を実感したかったのです。