「車椅子で伊勢神宮にお参りできると聞いたのですが、本当ですか?」そんな電話が、伊勢志摩バリアフリーツアーセンターには多くかかってきます。玉砂利があって神域内も広く、一般的な車椅子で参拝しづらい神宮内。
しかし、NPO法人伊勢志摩バリアフリーツアーセンターでは、玉砂利も走破できるWHILLの貸し出しと神宮での参拝サポートを合わせて行う有償ボランティア「伊勢おもてなしヘルパー(※1)」を他団体と連携して立ち上げ、運営しています。
そこには、「行ける場所から、行きたい場所へ」を掲げて活動され、バリアフリーで伊勢志摩を盛り上げようとされる、伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの方々の思いがありました。
事務局長
編集者、ライターを経て、伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの事務局長に就任。
「伊勢おもてなしヘルパー」・広報担当
2009年からセンタースタッフの一員に。二級建築士、福祉住環境コーディネーターの資格を持つ。
パーソナルバリアフリー基準という考え方
―伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの成り立ちと、お二人がバリアフリーの活動をされたきっかけを教えてください。
野口 私はもともとライターやタウン誌の編集やフリーライターなどの仕事をしていたのですが、ある時、今の主人である車椅子ユーザーの男性と出会い、「車椅子ユーザーが欲しいのはバリアフリーな情報じゃないんだよ。そうじゃなくて、行きたい先がバリアフリーかどうかということを知りたいんだ」と言われたんです。例えば、バリアフリーな観光地の情報を提示して、そこからいける場所を選ぶのではなくて、ある神社に行きたかったら、そこに段差はあるのか? 旅館に泊まりたかったら、そこに手すりはあるのか? という、「自分が本当に行きたい場所」のバリアフリー情報が欲しいんだと。
そこで、編集者仲間で集まり、「行きたい場所」のバリアフリー情報を集めた小さな冊子を作ったんです。伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの立ち上げ時に、その活動が縁で事務局長を務めることになりました。
中山 伊勢志摩バリアフリーツアーセンターは、伊勢志摩を観光を通じてもっと振興させよう、そのためにバリアフリー観光を目玉の一つとしよう、と位置づけています。2002年に発足し、バリアフリー情報発信を中心として活動してきました。私は、もともと建築士の資格を持っていたこともあり、宿泊施設などのバリアフリー改修への補助金事業などを進めるにあたって、野口さんに声をかけてもらい、参画しました。
野口 私たちは、「パーソナルバリアフリー基準」という考え方を最も大事にしています。障害者と一言で言っても、視覚、聴覚、発達障害などさまざまな障害がありますし、車椅子といっても、手動車いすの方、電動車椅子の方もいらっしゃいます。これまでは、特にバリアフリー観光の文脈では、「障害者」ということで一括りにされることが多かった。でも、そうではなくて、一人ひとりにちゃんと目を向けよう、というのがパーソナルバリアフリー基準です。
まず、その人がどこに行きたいのか、どういう旅行をしたいのかをきちんと把握します。その上で、その人が必要とされる情報を提供しようと。
中山 よくあるバリアフリー情報の冊子などでは、段差がある観光地は機械的に「バリアフリー対応:×」というふうに記述されがちです。でも、5cmくらい段差があってもWHILLのように乗り越えられる車椅子もあるし、介助があると行ける方もいるし、条件付きで行けるのであれば、それは必ずしも「×」ではないんですね。
私たちは、「×」ではなくて、「5㎝」と書こうと決めています。それを見て、やめようとなるのか、介助の人と一緒に来ようとするか、それはご本人が判断されればいいのではないかと思って情報提供しています。〇か×かの画一的な情報発信ではないですね。
「家族みんなでお伊勢参り」を実現
―バリアフリー観光のサポートはどのように始まったのでしょうか。
野口 すべてお客様の声からですね。車椅子の方への情報発信などを行う中で、お客様から、「こういう車椅子を借りたい」「入浴ヘルパーがいてくれれば」などの意見をいただき、そういったサービスが生まれていきました。
観光のサポートのやり方は人によって違います。まずはどこに行きたいか、どういう旅にしたいかヒアリングする。お客様も、車椅子で伊勢を初めて旅行される方が多いため、たとえば伊勢神宮だと、ここまでだと車椅子で進めますが、ここからは玉砂利なので特別な車椅子に乗り換えるほうがいいですよ、ここからは階段がありますよ、ということを、お客様のお身体の状態も詳しく聞きながらお伝えします。
その上で、伊勢神宮に関しては、人的サポートを希望されるお客様が多かったため、その都度ボランティアを手配していました。しかし、依頼数が増え、伊勢志摩バリアフリーツアーセンターだけでは対応しきれなくなってきたことから、伊勢市内の6団体が連携し、持続可能な新たな参拝サポート体制として「伊勢おもてなしヘルパー」を構築しました。
―そのような中で、WHILLの導入をされたきっかけはなんでしょうか。
中山 ちょうど伊勢おもてなしヘルパーの企画段階にWHILLの営業の方と会い、玉砂利の上を走行させてもらって、すごく乗り心地が良かったのです。パワーがあり、砂利道を走る力が圧倒的に高かった。
野口 何よりもデザインがいいなと思いました。若い車椅子利用者にも何人か乗ってもらったのですが、これなら乗りたくなる、という感想をいただきました。
おもてなしヘルパーを一緒に立ち上げた他団体の方にも試乗してもらいましたが、ふだん車椅子に馴染みが薄い立場の人から見ても、良い意味で車椅子らしくない、身体が不自由でない人であっても乗ることに抵抗を感じず、移動手段のひとつとして考えられる商品だ、と。
中山 差別化という部分も大きいですね。伊勢おもてなしヘルパーはWHILLの貸し出しと、介助者によるサポートがセットになった有料のサービスなのですが、無料の車椅子レンタルは神宮内でも行われているので、スタイリッシュな車椅子を貸し出すことによって、私たちのサービスの差別化にもつながるという思いもありました。
野口 当時から、車椅子の方々からの注目も高くて、「生で見たい」「乗ってみたい」という声もちらほら聴いていたんです。ここでWHILLが試乗できるというのも大きなポイントだったと思います。利用される年齢も幅広く、この間は高校生の方が乗ってくれました。「念願のお伊勢参りです」とおっしゃる方も多くいらっしゃいます。
これまで伊勢おもてなしヘルパーを利用された方からの感謝の手紙
野口 観光においては、自分だけが楽しければいいのではなくて、一緒に行った人も満足しないと、本当の満足感は得られないんです。よくありがちなのが、自分たちは神宮に参拝するけど、おばあちゃんは待っててね、というパターン。おばあちゃんももちろん、「それでええよ」というのだけど、やはり家族にとってはそれが心残りになってしまうんですね。自分たちだけ参拝するのが申し訳ない、という。それを解決しないといけないなと思います。
ハード面でのバリアフリー化ができないなら、ソフト面で解決
中山 このようにバリアフリー観光の話をすると、よく「そんなら神宮にエスカレーターつけたらいいやん」とか「玉砂利なくしたら」という方がおっしゃるのですが、私たちはそれは求めていません。2000年の歴史と風情のある場所を壊してバリアフリーにすることが果たして良いことかと。もちろん、できる範囲でバリアフリー化を進めていただきたいとは思っているのですが、伝統を壊すようなことまでする必要はないかなと。
変わるべきところは変わるべきだけど、変わらなくていいところは変わらない。それが、観光地の魅力だと思います。バリアフリーであることそのものは、魅力ではないんですよね。バリアフリーは単なる手段なんです。
どうしてもハードがバリアフリーにならない場所があれば、おもてなしヘルパーなど人の手や、WHILLのような新しい移動手段など、ソフト面によって解消して、皆さんが観光を楽しむという方向にもっていければと思います。
野口 バリアフリー化って経済効果を生まないイメージがあるのですが、実は違うんです。例えば、車椅子が一台あれば、1施設しか行けなかったところが2施設、3施設に行けるようになる。遠くのお土産物屋にも足を延ばせる。また、「おばあちゃんが足が悪いから」と遠慮していた家族全体の行動量が増える。そしてお金を使ってくれるんです。これからは、障害者、高齢者が動くことによって、どんどん経済が動くことを主張したいと思っています。
また現在、施設内での車椅子の貸し出しは多いですが、施設間は車椅子では移動できない。いわば点と点が線でつながっていない状況なんです。
レンタカーのように駅についてから2泊3日などで借りられる車椅子が、あちこちの観光地で、もっと増えたらいいと思っています。その中にWHILLも入ってくれれば本当にありがたいなと思いますね。
<伊勢志摩バリアフリーツアーセンターについて> 日本で初めての、バリアフリーの宿泊先紹介、観光案内、旅行アドバイスなどを行うNPO法人。バリアフリー観光情報の収集と発信、宿泊施設のバリアフリー調査と評価、バリアフリー改修アドバイスなどの他、「伊勢おもてなしヘルパー」の事務局も務める。 伊勢志摩バリアフリーツアーセンター https://www.barifuri.com 伊勢おもてなしヘルパー http://www.ise-omotenashi.jp ※1 伊勢おもてなしヘルパーとは |