障害者スポーツがテレビで取り上げられるなど注目が高まっています。その際に気になるのが「障害」の文字。メディアによって「障害」「障がい」「障碍」など、いろいろな表現がされていますが、どうしてなのでしょうか。また、実際に障害をもつ方たちはどのように感じているのでしょうか。国の方針や各自治体、企業によって異なる表記事情を追ってみました。
「障害」の表記の議論は戦後から
江戸時代に登場したという「障害」という言葉。そこからどのように変化していったのでしょうか。
内閣府の見解
内閣府では、2010年に、『「障害」の表記に関する検討結果について 』というレポートを出しています。その前年に、障害者制度の集中的な改革を行うため「障がい者制度改革推進本部」が設置され、本部内で『「障害」 の表記に関する作業チーム』が発足。調査などを経て、発表したものです。
これによると、「障害」は、「害」の字をつかった漢字表記のほかに、「害」を平仮名にした「障がい」、さらに主に明治期から使われ始めた「障碍」を中心に、いくつかの表現があります。戦後、主に表記されるようになったのは「障害」 で、その理由のひとつに「害」が常用漢字であることが挙げられます。
「障碍」は、明治時代前まで「しょうげ」と読まれ、もとは仏教用語 でした。それが明治以降に「しょうがい」と読まれる例が現れたのですが、戦後、「当用漢字表」や「法令用語改正例」といったものが「障害」を採用した結果、「障碍」表記が減っていきました。
「障がい」に関しては、現在、賛否両論があります。 「害」という漢字が「公害」や「危害を与える」といった負のイメージがあることから、一部の地方自治体や企業が自らの判断で「障がい」と表記し始めたのが始まりのようです。なお、国としての正式な見解は出ていませんが、政府が発行する書類などでは、常用漢字である「害」を使った「障害」が使用されています。
文部科学省では
障害者基本法の抜本改正を見据えた資料の中に、「障害の表記 」という項目があり、文科省の考え方が掲載されています。しかしながら、そこには「障害者の「者」にあたる部分の表記の在り方も含め、推進会議としては、今後とも、学識経験者等の意見を聴取するとともに、国民各層における議論の動向を見守りつつ、それぞれの考え方を整理するなど、引き続き審議を行う」とあり、明確な答えは記載されていません。とはいえ、資料の中では「障害」の漢字表記が使用されています。
地方自治体の考え方
地方自治体では、「障がい」と表記する例が増えています。内閣府が紹介する障害者施策のページには、「「障害」に係る「がい」の字に対する取扱いについて(表記を改めている都道府県・指定都市) 」という資料があり、そこで表記を改めている都道府県8県(北海道、山形県、福島県、岐阜県、三重県、熊本県、大分県、宮崎県)と指定都市5市(札幌市、新潟市、浜松市、神戸市、福岡市)について紹介がされています。
それによると、多くの自治体が2006年ごろに表記を「障がい」に改めています。比較的早かったのは、2003年に対応した札幌市です。このほか、表に記載はされていないものの、東京都多摩市は2001年から「障がい者」表記に切り替えているなど、独自の方針を展開。表記に関しては地方自治体の判断に任されている状況です。
なお、「障がい」の表記理由はどの自治体もほぼ同じく、「害」の文字に、マイナスなイメージがあるから のようです。
新聞、メディアの考え方
続いて、新聞やメディアはどうなのでしょうか。西日本新聞が掲載した記事『【傾聴記】「障害」か「障がい」(2015年6月18日付)によると、同社では常用漢字表記に基づき漢字を表記していることから、固有名詞を除いて「障害」を利用していることがわかります。
また、放送用語委員会の会報誌 でも、常用漢字表記に基づいていることから、「障害」と表記。しかしながら、「障害を巡る問題は、単に表記を変えれば解決するというものではないため、慎重な機論が求められる(後略)」としています。
「障がい」 表記は嫌いとの声も
ただし、この「害」を平仮名表記することに、遺憾の意を示している人たちもいます。それが、当事者である障害者団体であることは注目すべき点 です。
前述の内閣府のレポート『「障害」の表記に関する検討結果について 』には、否定的な意見として「東京青い芝の会」や「特定非営利活動法人DPI日本会議」といった障害者団体のものが掲載されています。
この考え方の元にあるのが、障害を個人の属性と環境との相互作用によって発生するものとしてとらえる「社会モデル 」です。
それまで障害学の分野で支配的だった「個人(医学)モデル 」は、障害を個人の心身機能の障害によるものとして、医学的治療による個人に対する調整や行動の変更によって改善していこうとするものでした。
一方、 2006 年 に国連総会において採択された「障害者の権 利に関する条約」に示され、日本でも2014年に批准された「社会モデル 」は、社会こそが「障害(障壁)」をつくっており、それを取り除くのは社会の責務であるととらえています。
この「社会モデル」の考え方に基づいて、あえて「害」という言葉を隠してほしくない という意見です。
そういった意見は障害者団体以外の個人からも上がっており、2014年には乙武洋匡氏がテレビ番組にて、「障がい」表記に対する違和感を述べているほか、2016年のパラリンピックに出場した水泳の一ノ瀬メイ選手も、テレビ番組で「『害』がひらがななのが嫌い」と述べています。
どちらも、障害の「害=ハンディ」は障害者自身にあるのではなく、社会の側にある ため、敢えて「害」を隠してほしくないというものです。この意見に対しては、インターネットでも意見交換が活発化しました。
参照:東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部 「誰もが暮らしやすい社会を目指して~心のバリアフリーの理念を理解する~ 」
ウィルの見解は「障害」
パーソナルモビリティ、次世代型電動車椅子を開発・販売するウィルでは、このように考えています。
障害者は社会の障害に向き合う挑戦者
WHILL(ウィル)株式会社では、「障害」「障がい」「障碍」等の表記においては、「障害」と表記 をしています。
「すべての人の移動を楽しくスマートにする」を掲げるウィルとしては、障害に関して、前述の「社会モデル」に近い視点で捉えたい と考えているからです。
参照:「障害」の表記に関する検討結果について
したがって、車椅子利用者に対して社会に存在する心理的バリア、物理的バリアを「障害」と認識し、今後、私たちがデザインとテクノロジーで解消していくべきものとして、あえて「害」の字を利用 していきます。
また、「障害者」は、そういった社会の障害に向き合う者という意味で「害」の字を用いていきます。決して、「障害者」自身が害をなすという認識によるものではないのです。
大切なのは表記ではなく、その奥にある気持ち
「言霊」という言葉があるように、言葉にはある一定の力があります。その言葉が浸透することで意識が変わることがあるのです。
そのため、「障害」をどのように表記するかは、個人、自治体、企業それぞれの考えのもとに行われていきます。ただ一つ言えることは、「現状で大切なのは、表記そのものではなく、どのように表記するかが話題になることで、一人でも多くの方が障害と社会のあり方について考えるようになること 」ではないでしょうか。
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